年齢によって変わってきた「また遊ぼう」の意味
わかるなぁ…。先日5歳の子供が虐待で亡くなった悲しい事件ありましたが、その子の日記に「あそんでごめんなさい」なんて書いてあったとかで子供は遊ぶものなんだよって。覚悟ない年齢だけ大人になったヤツがこどもなんか作るなよって。子供の頃の「また遊ぼう」は明日だった
— 紫電改@猫又公司 (@Shidenkai_79) 2018年6月5日
学生の頃の「また遊ぼう」は週末だった
社会人なりたての「また遊ぼう」は次の連休だった
今となっては「また遊ぼう」は、いつか幸運があったらまた、くらいの意味になってしまった
「さよならだけが人生だ」っていう井伏鱒二の言葉を思い出しました。なんか切ないですねぇ
— anti_stylish (@anti_stylish) 2018年6月5日
一期一会の精神で、今会う一人ひとりが決して当たり前の存在ではないのだという事を悟らなければならないでしょう。それだけその大切さ、価値を噛みしめて楽しみたいものです。
— Shorter@プロコミッター (@2cr3o) 2018年6月6日
せつないです…でも、だからこそ、「また遊ぼう」という言葉のの重みを感じますね。言える相手がいるうちに、遊べる時間を作らなきゃ。美しい言霊に気づかせていただきありがとうございました。
— 虹保(ななほ)@BOC最高すぎる (@sun_sol_) 2018年6月6日
その通りだと思いました。私の『またね』は【生きてるうちにいつか】くらいになってます。
— ライ (@Silver_Cat_R) 2018年6月6日
はじめまして。私も最近まさにこんな気持ちになる会話をしたばかり。そうしたら何年も年賀状のやりとりしかなかった旧友から偶然お手紙が!その日のうちにお店を予約して、来週会うことにしました。ほんと、会いたい時は自分から幸運を掴み取って生きていこうと思ってます。せっかくのご縁ですものね。
— 上野さんちのとうらぶ茶屋 (@sayumi_1062) 2018年6月6日
パプワくん思い出した pic.twitter.com/Q0c0jTkOv3
— おっじおじにしてやんよ (@hakkyouojio) 2018年6月7日
叔父が教えてくれました。
— ・・・マダム(oseiyan) (@oseiyan) 2018年6月6日
「“今度”と“お化け”はあったことがない!」
若かったのでピンときませんでした。今度は次は無いと思え、お化けは正体無いから会わないと教えられました。
その事を思い出させてくれる内容でした。
「行けたら行くわ」は、行かないという意味になってしまった()
— 愚零闘多鍜ౄౄHobbY (@Great_taka1112) 2018年6月6日
年齢重ねて、あいまいな返事すること多くなったなぁ…。ほんと「行けたら行くわ」って何回言ったかw向こうも「こねぇな」って判断してくれるから楽っちゃ楽ですけどねw
引用元:https://twitter.com/Shidenkai_79/status/1003989209978245120